The Argonian Account の変更点

Top/The Argonian Account

邦題 Argonianに関する報告
原題 The Argonian Account
著者 Waughin Jarth
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第1巻
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こじんまりとした、しかし品の良い帝都の広場に座っていたのは、というより恐らく横たわっていたのは、Vanech社長の建設会社であった。それは現実的で質素な建物であり、その美学的構造的デザインというより、その驚異的全長に関して特筆するべき代物であった。そのような飾り気の無い幅広の建物が何故にVanech社長を魅了するのか、という疑問を評論家の誰かしらが抱くとしても、そのことを〔分からない〕彼らは口に出さないであろう。
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第3紀398年、Decumus Scottiは、その会社の事務主任であった。
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その内気の中年男が、あらゆる契約書の中で最も稼ぎ良いもの――〈5年戦争〉に於いて破壊されたValenwoodの街道を再建するという独占的権利を彼の会社に承認するもの――をVanech社長の下に齎したのは、数ヶ月の以前のことであった。これによって彼は取締役と事務員の間の寵児になって、その冒険を多かれ少なかれ正直に物語りながら日々を送っていた……もっとも、彼は物語の結末を省略した。何故なら、彼らの多くは、Silenstriに供されたお祝いのUnthrappaローストを共に食したからである。自分が人肉を腹に詰め込んだことを教えるのは、如何なる趣向の物語であれ、その物語を改良するものには、まずもって、ならないのである。
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Scottiは特別の野心を持つことも無く懸命に働くことも無く、そのため、Vanech社長が彼に何ら実務を与えなかったことについても、それを気にすることは無かった。
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そのズングリした小男がオフィスでDecumus Scottiに出くわした時は、いつでも、Vanech社長は言うものであった。「君は我が社の名誉だ。良い仕事を続けてくれ。」
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最初は、何か行うように促されていると心配していたScottiだが、数ヶ月が過ぎた頃には、「ありがとう御座います。そう致します。」とだけ答えるようになった。
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一方、その将来は憂慮するべきものであった。彼は若者ではないし、実際の仕事を行っていない者としては相当の給料を取っているが、間も無く、退職せねばならなくなり仕事を行わねば給料を貰えないという事態になりうることをScottiは熟慮していた。もしもValenwoodの契約が生み出す数百万の金貨に感謝して、Scottiを相棒にしてやる(少なくとも、収穫の数パーセンテージを与えてやる)という心づもりであれば良いだろうに、と彼は〔それを尋ねようと〕心に決めた。
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Decumus Scottiは、その手の事柄を尋ねることが苦手であった。それは、Valenwoodの大成功の以前にAtrius社長の下で事務主任であった彼が拙い代理人であった理由の1つであった。ちょうどVanech社長に何か物を言う決心を彼が固めたのは、彼の上司が予期せず物事をドンドンと押し進めた時であった。
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「君は我が社の名誉だ。」よたよた歩きの小男は言い、それから間を挟み、「君のスケジュールに少し余裕は在るかな?」
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Scottiは熱心に頷くと、その上司の後を、ゴタゴタと飾り付けされ何とも広々した彼のオフィスまで付いて行った。
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「君が我が社に遣ってきたのはZenitharの御加護だな。」小男はキーキー声で勿体を付けて言った。「君が知っていたのか私は分からないが、君が遣ってくる以前の我々は困難に直面していた。我々は幾つか大プロジェクトを手がけていたが、実際のところ、それは不成功に終わった。例えば、Black Marshでは、何年にも亘って、通商のための街道や其の他のルートを改良しようと試みてきた。そこに、私は遣り手の男としてFlesus Tijjoを推したが、毎年、時間と金銭の膨大な投資にも関わらず、そのルートを通じた取引は緩やかになっていくばかり。いまや、我々は、我が社の利益を増進してくれる、非常に綺麗で非常に非常に稼ぎ良い君のValenwoodの契約を手にしている。思うに、君は報酬を受け取るべき頃合だね。」
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謙虚九割と貪欲一割の笑顔をScottiは顔中に湛えた。
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「Flesus TijjoからBlack Marshに関する報告を引き継いで欲しい。」
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まるで心地よい夢から恐ろしい現実に目覚めたようにScottiは首を振り、「社長、わ、私には出来ませ――」
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「ナンセンス。」Vanech社長は甲高い声で言った。「Tijjoのことは心配いらない。私が遣る金で、彼は喜んで退職するだろう。とりわけ、このBlack Marshの仕事は魂を捻じ切る難しさだったからね。まさしく、親愛なるDecumus君、君に相応しい困難というものだよ。」
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Vanech社長がBlack Marshに関する書類の箱を持ち出す間、Scottiは「いいえ。」という言葉を弱々しく口で形づくりながらも一言も発せられなかった。
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「君は速読家だ。」Vanech社長はズバリと言った。「途中で読み切れる。」
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「途中って……。」
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「もちろん、Black Marshへの。」小男は含み笑いを漏らした。「君は面白い奴だ。するべき仕事について、どうすれば上手くやれるか学びに行くのに、どこか他の所は在るかな?」
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翌朝、書類の山に殆ど手を付けないまま、Decumus Scottiは南東のBlack Marshへの旅路に就いた。Vanech社長は、彼の飛び切り優秀な代理人の身を守るため、Mailicという名のガタイの良い相当に寡黙なRedguardの衛兵を雇ってくれた。彼らは馬で南に向かってNibenを通り過ぎ、それから、南東に向かってSilverfishを通り過ぎ、引き続きCyrodiilの荒野に入って行った――そこでは、幾本もの名も無き河の支流が流れ行き、そして、北方帝国領の華やいだ人の手の施された庭園に比べて、その地の植生は異世界から遣ってきたかのようであった。
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Scottiの馬はMailicのそれに繋がれているため、その事務員は〔馬が揺れ〕文字が読めなかった。自分の進む道に注意を払いながらの読書は難しいけれど、Black Marshに於ける自社の商取引について少なくとも大雑把であれ知っておかねばならないことはScottiに分かっていた。
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それは、GideonからCyrodiilまでの街道の状態を改善して欲しいとして、豪商Xellicles Pinos-Revina氏から数百万の金貨が初めて会社に送られた、その40年前に遡る書類の入った大箱であった。当時、彼が輸入していた米や根菜類が帝国領に到着するまで3週間という途方も無く長い時間が必要であり、その到着の時点には半ば腐ってしまっていた。Pinos-Revinaは久しい以前に亡くなっているが、その他の多数の投資家(Pelagius4世その人も含む)が数十年に亘って会社を雇い入れ、街道の敷設・沼の干拓・橋の建設・反密輸システムの構築・傭兵の雇用など、つまるところ、大帝国が歴史に於いて知り得たところの、Black Marshとの交易の補助になるだろう一切を行わせてきたのである。最近の計算によれば、この結果とは、到着するまで2ヶ月半かかり、もはや商品は完全に腐ってしまっている、というものであった。
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読書に没頭してから顔を上げると、すっかり風景が変わってしまっていることにScottiは気づいた。すっかり劇的に。すっかり悪い方に。
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「ここがBlackwood〔黒い森〕です、サー。」Scottiの無言の質問に答えてMailicは言った。そこは陰鬱にして鬱蒼としており、まさしく相応しい名前であるとDecumus Scottiは思った。
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彼が是非とも尋ねたかった当然の疑問とは、「この酷い匂いは何だい?」であった〔けれど〕。
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「Slough Point〔沼の点〕です、サー。」Mailicは次のカーブを曲がりながら答えた――木と蔦の絡み合う鬱蒼たるトンネルが空地に開けていた。そこには、Vanech建設会社とTiber以来の歴代の皇帝の手による、帝国の退屈なデザインのズングリとした格式ばった建物が軒を連ねており、また、目も眩む程の腹も痛む程の酷い悪臭が漂っており、Scottiは不意に「これは猛毒ではないのか?」と訝しんだものであった。血の色をした砂粒の大きさの虫の群れが空を覆い隠す様は、それは光景を見目よく変えるものではなかった。
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ScottiとMailicはブンブンうるさい〔虫の〕雲を叩きながら建物の中でも一番に大きな代物に馬で進むと、近づくに連れて、深く黒い河の辺〔ほとり〕に建つ、その姿が表れてきた。そのサイズと厳粛な外観から、Scottiは国勢税務局であると当たりを付けた――泡だつ暗い水を越えて対岸の葦の原に伸びる幅広の白い橋に向かいながら。それは色合の鮮明な頑丈そうな非常に良質の橋であり、自分の会社が建造したものであるとScottiは分かった。
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Scottiの最初のノックに、短気で無能そうな役人が直ぐにドアを開けた。「入れ、入れ、早く! Fleshfly〔肉蝿〕どもを中に入れるな!」
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「Fleshfly?」Decumus Scottiは身を震わせた。「つまり、連中は人の肉を食うと?」
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「アンタが連中の傍に突っ立って、その身を許す位のマヌケなら、そうなるだろうさ。」目をギョロギョロさせながら、その兵士は言った。彼の耳は半分しか無く、そして、その砦の中の他の兵士達を見回してみたところ、誰も彼もしっかり噛みちぎられていることに気づかされた。その中の1人、すっかり鼻を無くした者が話しかけてきた。「で、何の用だ?」
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Scottiは用事を伝えて、それから、「砦の中ではなく外に立っていたなら、もっと沢山の密輸業者を捕まえられるでしょうに。」と付け加えた。
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「あの橋は気を付けた方が良いぜ。」兵士は冷笑を浮かべた。「潮が満ちてきてるから、ボヤボヤしてると、4日間はBlack Marshへは足止めだ。」
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馬鹿げた話である。あの橋が、河の水位が上がり水びたしになるものだろうか? その兵士の瞳を見る限り、冗談を言っているのではないと告げていた。
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砦の外に出ると、明らかにFleshflyの責苦にウンザリした馬達が、その拘束具を引き裂き森の中へ跳んで駆けていくのが彼の目に留まった。油じみた河の水は既に〔橋の床の〕厚板に及び、その割れ目の間から染み出ていた。Scottiは想いに沈んだ――きっと、Black Marshに向かうまでの4日間の待機を喜んで耐えることになるだろう、と。しかし、すでに、Mailicが走って渡ってきていた。
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Scottiは喘ぎ喘ぎ、彼の後に従った。彼は素晴らしい体つきというものではなく、決して、そうであった試しも無かった。会社の資料が入った箱は重かった。半分ほど渡ったところで、彼は一息つくため立ち止まり、そして、動けなくなった自分に気づいた。足が動かないのだ。
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ネバネバでペースト状の黒い濃い泥が河を通り抜け、Scottiの居る厚板の上に押し寄せ、それが彼の足をガッチリ掴んでしまっていた。彼はパニックに捕われた。そのトラップからScottiが顔を上げると、彼の前方に、厚板から厚板へと飛び移り、すばやく対岸の葦原に近づいていくMailicの姿が見えた。
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「助けてくれ!」Scottiは叫んだ。「動けないんだ!」
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Mailicは振り返りさえせず、その跳躍を続けた。「分かっています、サー。貴方は減量が必要です。」
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Decumus Scottiは自分の体重が数ポンドほど余分であると知っており、食事を減らし運動を増やすのを始める積もりであったが、この現在の苦境に在ってダイエットに乗り出すのがちょうど良い手助になることは、まずもって無いように思われた。たとえ、そうしていたとしても、そのダイエットは決して彼を助けるものにはならなかったであろう。しかしながら、よくよく考えて、あのRedguardは書類の箱を放り出すよう言っているのだと気づいた。というのも、先程まで身に帯びていた諸々の必需品を、もはやMailicは1つも持ち運んでいなかったからである。
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1つ溜息を吐き、Scottiが会社の記録入りの箱を泥濘〔ぬかるみ〕に投げ入れると、足元の厚板が4分の1インチほど上がったように感じられ、そして、ちょうど泥の手中から自由になった。ひどい恐怖から生まれた身の軽さでもって、ScottiはMailicの後を追い跳躍を始めた――厚板の3段ごとに足を下ろして、河が彼を掴む前に跳び上がって。
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46回の跳躍で、Mailicに続き、Decumus Scottiは葦原の中に、固い土の上に倒れ込み、そして、自分がBlack Marshに居ることに彼は気づいた。背後で咀嚼するような物音が聞こえると共に、橋と(会社事業に関する重要な公的記録の入った)容器が黒々とした汚物めいた高潮に呑み込まれ、そして、二度と決して目にできなくなった。
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第2巻
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走り疲れ泥と葦原の中から姿を現したDecumus Scottiの、その顔と両腕は真紅のFleshflyに覆われていた。Cyrodiilの方を返り見ると、真っ黒い河の下に姿を消した橋が目に入り、潮が引くまで数日間は戻れないということを彼は知った。河の粘つく深みには、まだ、Black Marshに関する報告のファイルが捕われていた。Gideonで連絡を取るためには、何としても、自分の記憶に頼らねばならなくなった訳である。
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Mailicは当てが在る風に葦原の中を大股に進んで行った。無駄にFleshflyを打ちながら、Scottiは彼の後を急いで追った。
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「我々は幸運です、サー。」そう言うRedguardの言葉は極めて奇妙であるとScottiに思われたが、それも、その男が指さす先を目で追うまでのことであった。「そこに隊商が居ます。」
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腐り掛けの材木とグラグラの車輪の、錆と泥に覆われた21台の荷馬車が、軟らかい地面に半ば埋もれながら前方に並んでいた。他の物から離れた1台の荷馬車を数人のArgonian(灰色の鱗と灰色の瞳の、よくCyrodiilで見られる寡黙な肉体労働者の類)が引いていた。ScottiとMailicが近づくと、その荷馬車が腐り果てたブラックベリーの積荷を満載しているのが目に入り、それは殆ど判別が効かない程になっており……積荷の果物というより腐ったゼリーという代物であった。
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そう、一行はGideonの街に行く途中であり、「どうぞ。」という彼らの言葉により、そのラムベリーの積荷を下ろし終えた後で、Scottiは共に〔荷馬車に〕乗れることになった。
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「積んでから、どれくらい経っているんです?」荷馬車の腐った作物を見ながら、Scottiは尋ねた。
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「Last Seedに獲れたものだよ、もちろん。」この荷馬車の長であるらしいArgonianが言った。今はSun's Duskであるから、2ヶ月と少々の間、それは畑から運ばれる途上に在ったことになる。
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「明らかに、」Scottiは思った。「輸送に諸々の問題が在る。しかし、結局のところ、その修繕こそ、ここでVanech建設会社の代理人として私が行うことであるのだ。」
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小一時間の内に、荷馬車に降り注ぐ陽の光でますます腐り行くベリーは横に押し遣られ、この前後の荷馬車は互いに結わえ合えられ、そして、いまや独立している此の馬車へ8頭の馬の1頭が隊商の先頭から連れて来られた。労夫は覇気に欠けた無気力めいた調子で立ち動き、そして、隊商が休息を取る様を見物しながら同行の旅人と話を持つ機会をScottiは得た。
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荷馬車の内の4台は、すわり心地は良くないけれど、ベンチが内部に備えられていた。余ったスペースは、すべて、様々な腐敗の段階に在る穀物・食肉・野菜によって占められていた。
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旅人は、6人のArgonianの労夫と、たいそう虫に咬まれArgonianのように肌が鱗状になった3人のImperialの商人と、明らかにDunmerと知られる(フードの下の陰に赤い瞳が輝いていることから分かった)3人のマントを纏った者達から成っていた。その全員が、この帝国通商街道〔Imperial Commerce Road〕を通って自分の品物を運んでいるところだった。
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「これが街道ですか?」Scottiは自分の顎まで(あるいは、それ以上まで)届く葦の原が延々と続くのを見て取り叫んだ。
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「地面は固いから、似たようなものさ。」マントを纏ったDunmerの1人が肩を竦めた。「馬は幾らか葦を食べるし、時には俺達は葦を使って火を起こす。でも、すぐさま、元の通り生えてくる。」
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ようやく、隊商出発の準備が整ったという合図を荷馬車長が送ったので、Scottiは他のImperialと共に3番目の荷馬車の中に座った。周囲を見やったが、Mailicは乗り込んでいなかった。
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「私が同意したのは、貴方をBlack Marshに連れて行くこと、そして、そこから連れ帰ることです。」そのRedguardは言うと、葦の海の中に石ころを出し抜けに放り投げ、細根だらけの人参をムシャムシャと齧った。「貴方が戻るまで、ここで待ちます。」
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Scottiが顔を顰めたのは、Mailicが彼の名を呼ぶ際に、「サー」の敬称を付けなかったからだけではなかった。もはやBlack Marshの知人は本当に1人も居なくなったが、隊商はギシギシガタガタと音を立てながら緩やかに進みつつあり、議論する時間は残されていなかった。
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毒を孕む一陣の風が通商街道を吹き渡り、特徴を欠く茫漠と果てない葦原に様々な模様を投げていった。遠方に山々の姿が見られたが、それらは刻々と移り行き、霧と霞の塊であることがScottiに知られた。影が風景を横ぎりヒラヒラと飛び交い、Scottiが見上げると、その影を投げかけている、ほぼ体の全て鋸状の長い嘴という巨鳥の数羽の姿が目に入った。
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「Hackwing〔切り刻む翼〕だよ。」Scottiの左隣のChaero GemullusというImperial(歳は若いのかも知れないが、疲れ果て老人めいた様子であった)が呟いた。「奴ら、この忌々しい場所の他の連中同様、アンタがボヤボヤしてたら腹に収めちまう魂胆なんだよ。あの乞食ども急降下してアンタにきつい一撃を喰らわして、それから飛び去って元の所に戻る頃は、アンタは失血死寸前という訳だね。」
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Scottiは震えた。夕暮までにGideonに着くよう彼は願った。それから、太陽が隊商に対して妙な側に在ることに気づいた。
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「すみません。」Scottiは荷馬車長を呼ばわった。「私達はGideonに向かっているという風に思っていたのですが。」
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荷馬車長は頷いた。
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「それなら、どうして北に進んでいるのです? 南に進むべきでしょうに。」
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返答は無く溜息が在った。同行の旅人もGideonに行く心づもりであることを彼らに確認したが、その内の誰一人として、そこに向かっているはずの、この回り道のルートを大いに心配する素振を見せなかった。座席は中年の背と尻に辛いが、隊商のガタガタというリズムと葦原の誘眠性の波は緩やかに彼に効果を及ぼし、そして、Scottiは何時しか眠り込んでしまった。
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数時間の後に闇の中で目を覚ました彼は、自分が何処に居るのかハッキリしなかった。もはや隊商は動いておらず、彼はベンチの下の床に、数個の小箱の隣に横たわっていた。歯擦音と舌打音の多い、Scottiに理解できない言語で話す声が在り、彼は事情を知ろうと誰かの両脚の間から覗き見た。
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双月の光は、この深い霧に囲まれた隊商に辛うじて差し込む程度であり、それに、その声の主を目にするためのベスト・アングルをScottiが捉えている訳ではなかった。しばらくの間は、老齢の荷馬車長が独り言を口にしているように見えたが、その〔荷馬車長が話しかけている先の〕暗闇は身じろぎと水気と、実際のところ、光り輝く鱗を具えていた。この生物の数の判別は難しいが、彼らは大柄で黒くて、見れば見るほど、その細部が分かってきた。
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その特有の細部の1つ、つまり、水を滴らせる針状の牙で一杯の大口が現れると、Scottiはベンチの下に滑り戻った。彼らの黒くて小さい瞳は、まだ彼に注がれていなかった。
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Scottiの正面の両脚は動き回り、それから、その持主が引っ掴まれ荷馬車から引き出される一方で、バタバタともがき始めた。Scottiは更に奥へ身を屈め、例の数個の小箱に背を寄せた。さして身の隠し方に詳しくなかったが、盾を扱う経験は幾らか在った。自分と凶悪な生物の間に何かしら据え置くのは、それが何であれかんであれ、常に良いことであると知っていた。
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視界から例の両脚が姿を消した数秒後、恐ろしい叫び声が響いた。そして、第二の、第三の。それぞれのアクセントで、それぞれの声色で、しかし、一様の暗黙のメッセージ……恐怖、苦痛、恐ろしい苦痛。Scottiは長らく忘れていたStendarr神の祈祷を思い出し、それを自分に囁いた。
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それから、静寂が在った……わずか数分間の青ざめた静寂、それは数時間、数年間であるように思われた。
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そして、荷馬車は再び前に進み始めた。
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Scottiは注意ぶかく荷馬車の下〔もと〕から這い出た。Chaero Gemullusが当惑気味の笑顔を彼に送った。
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「そこに居たのか。」彼は言った。「アンタ、Nagaどもに喰われちまったかと思ったよ。」
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「Naga?」
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「嫌らしい連中だよ。」Gemullusは顔を顰めて言った。「脚と腕の在る大毒蛇で、身の丈は7フィート、怒った時には8フィートになる。内陸の沼地の出身だが、ここらの物はさして好みじゃないから、たいそう苛々している。奴らが捜してるのは、アンタみたいな上品ぶったImperialの類なんだよ。」
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Scottiは、その生涯に於いて、自分が上品であると思ったことは一度として無かった。泥まみれでFleshflyで傷ついた彼の服は、せいぜい、彼にとって中流階級の物であると思われた。「彼らは、どうして私を付け狙うのです?」
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「もちろん、奪うため。」そのImperialは微笑した。「それから、殺すため。アンタ、他の連中に何が在ったのか、気づかなかったろう?」そのことを考えて打ちのめされたようにScottiは顔を顰めた。「そこに転がってる箱の中を見てくれないか? そういう“砂糖”は好きかね?」
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「いえ、まったく。」Scottiは顔を顰めた。
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Imperialはホッと頷いた。「なるほど、アンタ、ちょっとノンビリ屋のようだな。Black Marshは初めてだと思うんだが? ああ、やれやれ! Hist Piss〔Histの小便〕だぜ!」
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雨が降り始めたのは、ちょうど、その下品な言い回しの意味をGemullusに尋ねようとしていたところだった。それは地獄、遠方に雷鳴を伴った、隊商を洗い流す悪臭ただよう黄と茶の雨の地獄であった。Gemullusは荷馬車の上に屋根を引くのに精を出し、彼に睨まれたScottiも、その仕事に手を貸すことになった。
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彼はゾッとした。それは、冷たい湿気のせいばかりではなく、まだ覆われていない荷馬車の中の既に腐り掛けの作物のところに、このウンザリする雨が降り注いでいるのが見えたからであった。
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「はやいところ、しっかり体を乾かそうぜ。」Gemullusは微笑を浮かべて霧の中〔のHixinoagの街〕を指さした。
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Scottiは一度もGideonを訪れたこと無かったが、どういうものであるだろうか彼は知っていた。だいたい帝都の大きさの居留地が広がっており、だいたい帝国風の建築物が建っており、だいたい帝国式の快適設備と伝統は何でも具わっている、と。
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泥に半ば埋もれた掘っ立て小屋の寄せ集めに、それらは決定的に欠けていた。
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「私達は何処に居るのです?」当惑気味にScottiは尋ねた。
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「Hixinoag。」その一風かわった名前を、自信を持ってGemullusは発音した。「アンタは正しかった。俺達は、南に進んでるべき時に、北に進んでた。」
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第3巻
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Decumus Scottiは、Vanech建設会社と顧客のためにBlack Marshに於ける通商を促進するため、その南方の属州の徹底的に帝国化された都市であるGideonに赴いて商取引を取り扱うことになっていた。彼は、その代わり、Hixinoagという半ば泥に沈む腐り掛けの小村に在った。1人の知人も居ない――Chaero Gemullusというヤクの密輸人ひとり除いて。
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隊商が南ではなく北に進んでいたことに関して、ちっともGemullusは不安がらなかった。彼はTrodhというチッポケでサクサクな小魚の入ったバケツを村人から買い求め、それをScottiに分けてくれさえした。Scottiは調理済の物を、とにかく死んでいる物を食べたかったが、Gemullusが陽気に説明するところによれば、調理されたり死んでいるTrodhは猛毒であるらしい。
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「もしも私が予定の所に居たなら、」そのクネクネする小さな生物を1匹、口に押し込みながら、Scottiは唇を尖らせた。「ローストの1枚、チーズの1かけら、ワインの1杯は食べられたでしょうに。」
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「俺が北でMoon Sugarを売ったら、それを南で買ってやるから。」彼は肩を竦めた。「アンタ、もっと柔軟になるべきだよ、我が友よ。」
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「私が用事あるのはGideonだけです。」Scottiは顔を顰めた。
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「ふむ、アンタには、2つ選択肢が在る。」密輸人は答えた。「〔1つは、〕ただ、ここに留まること。Argonianの大抵の村は長い間は〔一箇所に〕置かれ留まることないから、HixinoagがGideonの門まで真っ直ぐ流れ着くという幸運も在り得る。1、2ヶ月は掛かるかも知れない。たぶん、一番、簡単な方法だ。」
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「それでは、ずいぶん予定に遅れてしまいます。」
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「次の選択肢は、隊商に再び加わること。」Gemullusは言った。「今度は正しい方向に進んでくかも知れないし、ぬかるみで立往生しないかも知れないし、Nagaの追剥に全員が殺されないかも知れない。〔あるいは、その正反対かも知れない。〕」
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「魅力的ではない。」Scottiは顔を顰めた。「他に何かアイディアは?」
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「“根っこ”に乗ること。地下の急行でね。」Gemullusはニッコリと笑った。「付いてきな。」
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ScottiはGemullusの後に従い村を出ると、僅かに苔むす木々の雑木林の中に入った。密輸人は地面から目を離さず、一定の間を置きネバネバした泥濘に指を突っ込んでいった。ようやく、油じみた大泡の塊を表面に吹き出すスポットを見つけた。
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「完璧だ。」彼は言った。「さて、大事なのは、パニックにならないことだ。この急行はアンタを然るべき南方に届けることになる。〔渡り鳥の様な〕“冬の渡り”だね。で、赤土が広がってるのを見たら、自分がGideon近くに居ると分かるという寸法だよ。決して、パニックになるな。泡の塊を目にしたら、それは“息の穴”だ、そこから外に出られる。」
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ScottiはGemullusの方を呆然と見た。その男の話は完全にチンプンカンプンであった。「何ですって?」
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GemullusはScottiの肩を掴み、泡の塊の天辺に連れていった。「ちょうど、ここに立つんだ……。」
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Scottiは瞬く間に泥の中に沈んでいった、密輸人を見つめながら、恐怖に打たれながら。
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「赤土が見えてくるまで待ってるのを忘れるな。それで、次に泡の塊を目にしたら、体を押し上げろ……。」
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自由になろうと身をもがくほどに、はやくScottiは沈んでいった。泥はScottiの首まで包んで、彼は凝視を続けながら、「おーぐ。」というようなノイズの他の何も発せられなかった。
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「消化されるなんて考えてパニックになるな。Rootworm〔根虫〕の腹の中だって、数ヶ月は生きていられるんだ。」
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泥の中に姿を消す前に、Scottiはパニックに陥りながら空気を求めて最後の一息を吸い込み、そして、その両目を閉じた。
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その事務員は、彼が予期していなかったような温かみを四方八方から感じた。両目を開けると、半透明の泥濘にすっかり囲まれた自分に気づいて、そして、南の方へ急いで前進していった――あたかも空中のように泥の中を滑りながら、“根っこ”の複雑なネット・ワークの中を飛び跳ねながら。暗闇という異質の環境の中を前方へ猛烈に突き進みながら、繊毛が密集した木々の触毛の周囲を縦横に駆け回りながら、Scottiは同量の混乱と恍惚を覚えた。それは、まるで、地下急行の中の沼の奥底ではなく、真夜中の上空に彼は在るようであった。
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頭上の巨根の組織をやや見上げていると、Scottiは何かしら身をノタくらせているものを見かけた。8フィートの体長で、腕も脚も色も骨も目も無い、殆ど形の無い生物が根っこに乗っていた。その中には何か黒い物が在り、近づいてみると、それがArgonianの男であるとScottiに分かった。Scottiが揺れ動くと、Argonianを中に含んだ、その不快な生物はやや扁平になり前の方に突進してきた。
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この光景を見て取り、Gemullusの諸々の言葉がScottiの心中に再び現れ始めた。「“冬の渡り”」、「空気穴」、「消化される」――これらの文句が踊り回った、まるで、それらが入り込むのに激しく抵抗する彼の脳の中に住処を見出そうとするように。しかし、その状況を見るに付けて、術は他に存在しなかった。Scottiは、移動するため、魚を食べる生物から食べられる生物になった。それらの芋虫の1匹の内に彼は収まった。
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Scottiは実践的決定を取った――気絶したのである。
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女の温かい腕に抱き締められている甘い夢から、ゆっくり彼は目を覚ました。微笑を浮かべて目を開けると、彼が実際に置かれた現実が迫ってきた。
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その生物は未だ猛烈に突進しており、無闇に前進しており、根の上を滑るように進んでいたが、それは、もはや夜間飛行というようなものではなかった。それは、いまや、桃と赤の、日の出の空であった。Scottiは「赤土を探し出せればGideonに近い。」というGemullusの言葉を思い出した。彼が次に見つけねばならないものは、それは泡であった。
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泡は何処にも無かった。芋虫の中は未だ暖かく心地よかったが、Scottiは大地の重圧を周囲に感じた。「決して、パニックになるな。」とGemullusは言ったが、その忠告を聞く事と行う事は、たいそう異なるものであった。彼が身をノタくらせ始めると、その生物は内部の圧力の高まりに合わせて速度を増やし始めた。
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出し抜けにScottiは前方にそれを見た、地下の流動から頭上の地面まで泥と根の中を直上に立ち昇る、その泡が集まるスリムな円錐形を見た。Rootwormがその中に入った瞬間、Scottiは全力で体を押し上げ、その生物の薄肌から破り出た。泡は瞬く間にScottiを押し上げ、ぬかるんだ赤泥の外へ彼は跳び出た。
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2人の老齢のArgonianが、網を手に持ち、その近くの木の下に立っていた。彼らは失礼に当たらない程度の好奇の目をScottiの方に向けた。その網の中では、毛の在る鼠に似た生物が数匹ジタバタしているのにScottiは気づいた。Scottiが彼らに話しかけていると、その木から他の者が出てきた。このような習慣にScottiは通じていなかったが、それを見た彼は釣をしているのであると分かった。
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「皆さん、すみません、」Scottiは陽気に言った。「もし宜しければ、Gideonの方角を教えて頂けませんでしょうか?」
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そのArgonian達はDrawing-Flame〔炎を熾す〕とFurl-Of-Fresh-Leaves〔新鮮な葉々を巻いたもの〕と名乗って、そして、顔を見合わせて彼の質問に頭を悩ました。
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「誰を捜しているんだ?」Furl-Of-Fresh-Leavesが尋ねた。
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「彼の名は確か……」そうScottiは言うと、ずっと前に無くした、Black MarshはGideonの契約に関するファイルの中身を思い出そうと努めた。「Archein Right-Foot……Rock〔右の足の岩を導く〕?」
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Drawing-Flameは頷いた。「金貨5枚で案内しよう。真東だ。Gideonの東に大農園が在る。たいそう立派な奴。」
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Scottiは「この2日間に耳にした中では一番の取引だぞ。」と思って、Drawing-Flameに5枚のSeptim金貨を渡した。
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そのArgonian達が、葦原の中を過ぎ行く、ぬかるんだ帯状の街道にScottiを案内すると、間も無く、遥か西の方に広々したTopal湾のブライト・ブルーの海が見えてきた。Scottiは周囲を壁に囲まれた壮大な大農園(その土壁から、明るい真紅の花々が直に生え出ている)を見回して、「これは素晴らしく美しい。」と思って驚嘆した。
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その街道は、Topal湾から東に向けて流れる急流と平行して伸びていた。それはOnkobra河である、そう教えて貰った。それはBlack Marshの奥ふかく、その属州の酷く未開の中心地域まで流れていた。
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Gideonの東の方の大農園に通ずる門を過ぎたところで忍び見ると、あまり畑が手入されていないことにScottiは気づいた。その大抵では、萎れたツルに、荒れた果樹に、葉の無い木々に、収穫期の既に過ぎた腐った作物が残されていた。畑で働くArgonianの農奴は痩せ衰え死に瀕しており、生命と理性を具えた生物というより、まるで、さまよう幽鬼のようであった。
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それから2時間、3人は東に重い歩を進め続け、大農園は(少なくとも遠方から見る限り)未だ壮麗であり、街道は(雑草は旺盛としても)依然と堅固であり、しかし、畑の労夫と農業の状態に苛立と恐怖を覚えて、この地域に寛容でいられなくなった。「まだ、どれくらい掛かるんです?」
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Furl-of-Fresh-LeavesとDrawing-Flameは、まるで、その疑問に思いも寄らなかったように顔を見合わせた。
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「Archeinは東の方か?」Furl-of-Fresh-Leavesは考え込んだ。「近いか、遠いか?」
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Drawing-Flameは曖昧に肩を竦め、Scottiに言った。「金貨5枚で案内しよう。真東だ。大農園が在る。たいそう立派な奴。」
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「ぜんぜん見当が付かないんですか?」Scottiは叫んだ。「どうして最初から教えてくれなかったんですか? それなら、別の人に尋ねたでしょうに。」
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前の角を曲がると、蹄の音が聞こえてきた。1頭の馬が近づいてきていた。
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その騎手を呼び止めようと音の方に歩き始めたScottiは、Drawing-Flameの鉤爪が閃光を発し彼の方に呪文を放ってきたのに気づかなかった。しかし、それを感じた。背骨に氷の口づけが走り、あたかも頑丈な鋼鉄に覆われたかのように、腕と脚の筋肉は不意に動かなくなってしまった。麻痺させられたのであった。
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読者は不運にも心得ているかも知れないが、麻痺の酷く厄介な所は、体は反応しないが視覚も思考も引き続くことである。Scottiの心中を過ぎた思考は「畜生。」というものであった。
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Drawing-FlameとFurl-of-Fresh-Leavesは、もちろん、Black Marshの至って平凡な日雇労夫のナリにして、手練の幻影魔術師であった訳である。そして、決して、帝国の友人というものではなかった訳である。
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そのArgonian達がScottiを道の端に押しのけた時に、ちょうど、例の馬と騎手が角を曲がり遣ってきた。彼は堂々たる体格の貴族であり、その鱗の肌と全く同じ暗緑色の光沢あるマントを纏って、その頭にはフリル付のフードが肉体の一部のように角冠のように座していた。
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「こんにちは、兄弟!」騎手は2人に言った。
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「こんにちは、Archein Right-Foot-Rock様。」彼らは言葉を返して、それから、Furl-of-Fresh-Leavesが言い添えた。「お日柄も良い本日の御前の用向は何で御座いましょうか?」
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「忙しい、忙しい。」Archeinは威厳ぶかく溜息を吐いた。「部下の労婦の1人が双子を産んだ。双子ときた! 幸運にも、連中の役に立つ良い商人が街に独り居るから、さして、その女がバタバタすること無かった。それから、Gideonで会う手筈になっている、Vanech建設会社から出向したImperialの阿呆が居る。おおかた、彼が私に〔商談を持ち掛け〕金庫を開いてみせるまでには、その彼には大旅行が待っていることだろうね。まったく、たいそうバタバタしてるよ。」
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Drawing-FlameとFurl-of-Fresh-Leavesは同情を示して、それから、Archein Right-Foot-Rockが馬で走り去ると、人質の様子を見るため遣ってきた。
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彼らにとっては不運であることには、Black Marshに於ける重力はTamrielの他の場所と同じ様に働く物であり、彼らの人質たるDecumus Scottiは、その放り出された所から転がり落ち続け、そして、その瞬間、Onkobra河で溺れていたのであった。
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第4巻
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Decumus Scottiは溺れていて、さして物を考えられなかった。Argonianの農夫が放った麻痺の呪文のせいで、泳ごうにも彼の腕も脚も動かせないのであった。が、それほど沈み込むことは無かった。Onkobra河の、その水面と河流は、大岩も容易に運び去る激しい勢いを具えており、そのため、Scottiは上に下になりながら、アチコチぶつかりながら、転げ回り跳ね回りながら、流されていった。
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彼は思った――もうすぐ自分は死んでしまうだろうが、それはBlack Marshに居るよりはマシだろう。その肺が水で満たされた時にも、彼は決して取り乱すことは無かった。そして、冷たい暗闇が彼の上に降りてきた。
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しばらく、その最初の内には、Decumus Scottiは平安を覚えていた。聖なる闇。それから苦痛が遣ってくると、腹と肺から水を吐き出しながら咳き込んでいる自分に彼は気づいた。
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誰か声が言った。「おやまあ、奴さん生きているんじゃないのか? そら。」
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その瞳を開けて眼前の顔を目にした時でさえ、そのことが事実であるとはScottiは殆ど信じられなかった。それはArgonianだったが、しかし、何処で見かけた物とも異なる風貌だった――その顔は細くて、まるで細槍のように長くて、鱗はルビー・レッドで陽の光に輝いていた。彼は驚いたように、その目蓋を垂直のスリットで開けたり閉じたりしながら眼〔まなこ〕を瞬かせた。
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「俺らはアンタを取って喰おうって思ってんじゃないよ。いや、そうするべきかね?」その生物が微笑を浮かべると、その歯並からして、それが決して根拠の無い提案ではないことがScottiに分かった。
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「ありがとう。」Scottiは弱々しく言った。その「俺ら」が誰なのか知ろうと首をやや伸ばした彼は、穏やかな泥河の泥濘めいた河辺に居り、そして、似たような針状の顔つきと虹色が全て揃う鱗を具えたArgonianの一団に囲まれていることに気づいた。ブライト・グリーンに、宝石めいた紫と青と橙。
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「教えて下さい、私が居るのは、その、何処の近くなんです?」
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ルビー色のArgonianは笑った。「そうだね。アンタが居るのは、あらゆる場所の中心、そして、何処でもない場所の近く。」
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「ええっと。」そうScottiは言うと、Black Marshに於いて場所というものは余り重要ではないということを理解した。「それで、貴方達は何者なんです?」
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「俺らはAgacephsだよ。」ルビー色のArgonianは答えた。「俺はNomu。」
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Scottiは素性を話した。「私は帝都のVanech建設会社の事務主任でして。私の仕事は、ここを訪れて通商上の問題の解決を試みることだったのです、が、メモは無くすし、GideonのArcheinsという人にも、落ち合う手筈の誰にも会えないし……」
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「帝国に迎合した、偉ぶった奴隷商の泥棒役人だな。」レモン色の小柄なAgacephが幾らか反感を込めて呟いた。
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「……それで、もう、私は家に帰りたいだけなんです。」
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まるで招かれざる客がパーティーから立ち去るのを目にした嬉しそうな主のように、その長い唇を弓形に吊り上げNomuは微笑した。「Shehsがアンタを案内してくれるだろう。」
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その不満紛々たる小柄な生物のShehsは、その仕事を少しも喜んでいないようであった。驚くべき力で彼に持ち上げられたScottiは、すぐさま、地下急行に通ずる泡だつ泥濘の中へとGemullusに落とし込まれたことを思い出した。その代わり、水面に揺れる、剃刀のように薄いチッポケなイカダの方へShehsはScottiを突き出した。
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「貴方達は、これで旅するんですか?」
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「俺らは、外の仲間が使ってるような、壊れ掛けの荷馬車も死に掛けの馬も持ってないのさ。」小さな眼をクルクルさせながらShehsは答えた。「これより良い手は知らないね。」
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そのArgonianは船の後尾に座り込むと、鞭に似た尾を使って、その船を前進させ舵を取った。数百年分の腐敗物による悪臭が立ち昇り渦を巻くヘドロだまりを幾つも渡り、頑丈そうだが静水の少しの小波で突然にバラバラになる先の尖った〔泥の〕山々を幾つも過ぎ、かつては金属であったかも知れないが今は錆の塊である橋を幾つも潜り、彼らは急いで進んでいった。
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「Tamrielの何もかもBlack Marshに流れ着くのさ。」Shehsは言った。
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滑るように水の上を進みながらShehsがScottiに説明したところによれば、Agacephsは、この属州の内陸に、Histの近辺に住んでいる、外の世界に殆ど見るべき価値を見出さない多数のArgonian部族の1つであった。Scottiは、幸運にも、その彼らに発見されたのであった。Naga、蛙に似たPaatru、翼の在るSarpaであれば、即座に殺されてしまったことであろう。
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その他にも、避けるべき生物は居た。Black Marshの内陸には自然の肉食動物が幾らか生息しているが、そのゴミ漁りの腐肉喰らいは、まずもって、生きた獲物から引き下がらないものであったのだ。Scottiが西の方で見かけた連中のように、Hackwingどもが頭上を旋回していた。
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Shehsは口を噤みイカダを完全に止め、そして、何かを待った。
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ScottiはShehsの視線の先に目を遣ったが、その汚水の中には異常な物は何も見当たらなかった。それから、彼は気づいた――彼らの目前に在った緑色のヘドロだまりが、かなりの速度で一方の河岸から地方の河岸へと現に動いていた。それは葦原に流れ上ると、小さな亡骸を後に残して、そして姿を消した。
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「Voriplasmだ。」Shehsは小舟を再び前に進めながら説明した。「つまりだな。奴に掛かれば、たちまち、アンタは骨まで剥かれちまうのさ。」
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Scottiは、彼を取り囲む光景と悪臭から逃げ出したい気持になって、この舵取を極上の語彙でもって賞賛するべき頃合であると思った。それは、2人の文化の隔たりを考えれば、なかなか感銘ぶかい様子であった。東方のArgonianは、実際のところ、かなりのお喋りであったのである。
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「連中は、20年前、この近くのUmpholoにMaraの寺院を建てようとした。」Shehsが説明すると、無くす前に読んだファイルに書いてあった其のことを思い出し、Scottiは頷いた。「最初の1ヶ月の内に、沼の腐り病でもって、みんな酷い在り様で死んじまったけど、非常に素敵な本を何冊か残してくれた。」
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巨大でゾッとする代物を目にして、Scottiは身を止め凍り付き、それについて彼は詳しく尋ねようとした。
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前方で水の中に半ば沈んでいたのは、9フィートの数本の鉤爪の上に横たわる、針の山であった。白眼は盲いたように前を睨み付け、そして、不意に、その生物は全身を痙攣させよろめき、口の顎を突き出し血糊のこびりついたヒダを晒した。
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「Swamp Leviathan〔沼の巨獣〕だよ。」Shehsは感心したように口笛を吹いた。「とても、とても、危険だ。」
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Scottiは息を呑み、思案した――どうして、これほど、このAgacephは冷静であるのか。そして何よりも、どうして、その獣の方に彼はイカダの舵を取り続けているのか……。
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「世界中の在らゆる生物の中で、鼠は時に最悪の生物だ。」そうShehsが言うと、その巨大な生物は抜け殻に過ぎないことにScottiは気づいた。その身じろぎは、あちこちの皮膚から破り入り獣の中に潜り込み内から外からセカセカと食い進む、その数百匹の鼠によるものであった。
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「まったくです。」そうScottiは言うと、彼の心は、Black Marshに於けるImperialの40年間の業績であるところの、泥に深く埋もれたBlack Marshの〔様々な生物について記述していたであろう〕ファイルに向かった。
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Black Marshの中心を通って、2人は西の方に進んで行った。
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ShehsはScottiに見せてくれた――Kothringiの広大で複雑な都心の廃墟を、シダと花草の野原を、青いコケの天蓋の下の静流を、そして、Scottiの人生の内で最も驚嘆するべき風景、つまり、Histの木々が盛んに繁殖する広大な森林を。Slough Point(そこでは、ScottiのRedguardの案内人Mailicが辛抱づよく待っていた)の直ぐ西に在る帝国通商街道の端に着くまで、彼らは1人の人間も決して見かけなかった。
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「もう2分、頂けますか?」そのRedguardは顔を顰めると、その最後の食物を足元の〔残飯の〕堆積の上に落とした。「もう結構です、サー。」
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Decumus Scottiが帝都に馬で乗り入れた時には太陽は晴れ輝いており、そうして加えられた朝露によって、あたかも彼の到着に合わせ磨き直されたかのように、あらゆる建物は光沢を放っていた。この街は何と清潔であるか、そう彼は驚いた。それに、乞食は何と少ないことであるか。
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Vanech建設会社の長大な建物は、いつもと変わらぬ姿であるが、やはり、その外観は酷くエキゾチックで奇妙に思われた。それは泥に覆われていないのであった。その中の人々は、まさしく、たいてい、働いているのであった。
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Vanech社長その人は、非常にズングリしており斜視であるが、その身なりは清潔であり、さして泥や疥癬に身を汚していることも無ければ、さして堕落していることも無かった。Scottiが初めて上司の姿を目にした時には、その彼を凝視せずには居られなかった。Vanechは、まっすぐ見つめ返してきた。
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「君は酷い格好だ。」その小男は顔を顰めた。「Black Marshに馬で行って、そのまま戻ってきたんだな? 家に帰って身なりを整えるように言いたいが、君に会うという方々が何人もここに見えている。君が彼らの困り事を解決できるように願うよ。」
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それは決して誇張ではなかった。大名士で大富豪のCyrodiilが20人ほど彼を待っていたのである。ScottiはVanechの物よりもさえ大きなオフィスを与えられ、そして、彼は各人と会うことになった。
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最初は、会社の顧客の中から、たんまり金を持った口やかましい5人の独立商人であり、彼らは、Scottiが通商路を如何様に改善する積もりであるのか知りたがった。Scottiは彼らに話を纏めた――主道の状態について、隊商の状況について、水に沈む橋について、そして、その他、辺境と市場の間の在らゆる障害について。彼らは、その全部を取り替え修理するように言って、そして、そのために必要な資金を与えた。
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そして3ヶ月の内に、Slough Pointの橋は泥濘の中に姿を消した、大隊商は衰え弱り崩壊した、Gideonから伸びる主道は沼の水に完全に呑み込まれた。Argonianは、もう一度、昔の遣り方を使うようになった――個人用のイカダと、時には、少量の穀物を輸送するための地下急行を。Cyrodiilに到着するまで所要時間は3分の1の2週間になって、どの品も腐らなくなった。
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Scottiが次に会うべき顧客はMaraの大司教であった。その心優しい男は、Argonianの母親が彼らの子供を奴隷商に売り渡すという話にショックを受けて、それは事実であるのかとScottiに鋭く尋ねた。
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「残念ながら、事実です。」そうScottiが答えると、大司教はSeptim貨を彼にふんだんに与えて、その子供達の苦痛を和らげるため当該の属州に食料を届けるように、そして、その彼らが自分の身を助けるため物を学ぶ学校を改善するように言った。
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そして5ヶ月の内に、Umpholloの荒廃したMaraの修道院から最後の書物が盗まれた。Archeinsが破産すると、その奴隷達は自分の両親の小農園に戻った。僻地のArgonianは、自国民族が熱心に労働するならば自身の家族を養うのに充分の栽培が可能であることを見出して、奴隷の買手市場は急速に衰退していった。
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Black Marsh北部の犯罪増加を懸念していたTsleeixth大使はScottiの下を訪れ、彼自身も同様であるけれど、その他の多数のArgonianの亡命者に対する貢献を求めた。彼らは求めた――Slough Point傍の国境の帝国衛兵の増員、主道に沿って一定間隔で配置される魔法光源のランタンの増数、巡邏の詰所の増加、そして、Argonianの若者を啓蒙して犯罪に走らせないための学校の増設。
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そして6ヶ月の内に、もはやNagaは街道に出没しなくなり、その強盗に出くわす商人は居なくなった。その盗賊は悪臭に満ちる内陸の沼地に引き上げ、その地にて、彼らは更なる幸福を覚えて、愛する腐敗と悪疫によって体質が改善した。Tsleeixthと彼の後援者は犯罪率の低下を大いに喜んで、「良い仕事を続けてくれ。」とScottiに更に金貨を与える程であった。
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Black Marshは不毛であった(である)から、商品作物の大規模大農園の経営は常に維持できないだろう。〔しかし、〕Argonianであれ、Tamriel全土の他の誰であれ、Black Marshに於いて、ひたすら自ら望む所の物を作るという、その自給自足農業によって食べていける。「それは悪い話ではなく、」Scottiは思った。「むしろ、良い話であるのだ。」
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各人の難問に対するScottiの解決は同様であった。彼に与えられた金貨の1割はVanech建設会社に渡った。その残りは彼の取り分になった――必ずしも、そう頼んだ訳ではないけれど。
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そして1年の内に、Decumus Scottiはタップリと金を使い込み非常に快適な隠居生活に入った。そして、Black Marshは、これまでの40年間に比べて暮らし向きが向上したのであった。

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